『メールマン』の朝
女性なら・・・
ダイエット無料モニター募集中
男性なら・・・
2ヶ月で体脂肪率を8%減少させた方法
今だけ無料レポートと無料動画を配信中。
2005年2月、NBA歴代2位の得点を誇るプレイヤー、カール・マローンが引退を発表しました。
堅実に、着実に
カール・マローンという選手は、必ずしも見ていて面白い、というわけではありません。彼のプレースタイルは、確実な方法で点を取り、確実な方法でパスを回し、確実な方法で勝利を掴む、というものです。決して派手なプレイをするでもなく、目立った面白さがあるわけでもなく、毎試合毎試合、チームメイトであるジョン・ストックトンと共に同じオフェンスを何度も何度も繰り返して挑みかかるチームをなぎ倒してきました。そこでつけられたニックネームが『メールマン(郵便配達人)』。
圧倒的な実力を持ったマローンですが、彼はNBAチャンピオンに輝いたことがありません。2003年、彼の娘がWNBAでチャンピオンリングを獲得しました(試合終了直前に、彼の娘が勝敗を決めるフリースローを打っていたとき、マローンは緊張で見ていることができなかった、と語っています)。その次のシーズンにマローンは長年プレーしたユタ・ジャズを離れ、新天地ロサンゼルス・レイカーズで優勝を狙うことを決意します。
努力の天才
さて、時代は少し戻って90年代。ユタ・ジャズが当時最強を誇ったシカゴ・ブルズ(前にも何度か登場したマイケル・ジョーダンのいたチーム)を何とかして倒そうとしていた時代です。既にマローンはリーグ内でもパワーフォワードとして屈指のプレイヤーとなっていました。ある日、ジャズの若い選手たちと一緒に練習をするために、はるばる遠くから別のチームの若い選手たちがやってきました。
厳しい練習をした次の朝早く、遠くから連れて来られたやってきた若手達は、コーチに叩き起こされます。何も教えられないまま車に詰め込まれて、降りたところはスポーツジム。コーチに連れられてウエイトルームに入ると、そこにはカール・マローンが必死にトレーニングをする姿がありました。自分達は朝早くに『コーチ、もう少し寝せてくれ・・・』と言っていた時間に、リーグのトッププレイヤーが筋力トレーニングを積んでいる。この瞬間、この場にいた若手達は何を思ったのでしょうか。
若手達を連れてきたコーチは、彼らの方に振り返ってこう言いました。
『君達、これがNBAだ。』
気まぐれな女神
残念ながら、カール・マローンは引退するまでにチャンピオンリングを手にすることは出来ませんでした。また、同時にレジー・ミラーのの引退も確実になっているようです。ミラーはNBA史上最多の3ポイントシュートを決めている選手なのですが、マローンと同様、優勝経験がありません。彼らは前述したように勝つための努力を全く惜しまないプレイヤーだったのですが、勝利の女神が微笑むことはありませんでした。いや、女神がなかなか微笑んでくれなかったために、さらなる努力を積んできたのでしょう。
彼らの挑戦はこれで終わったわけではありません。いつかチームスタッフやGMとして帰ってきて、自分の選手達をチャンピオンにする、という道がまだ残されているのですから。